日本を代表するエンターテイナー・中居正広さん。
14歳でジャニーズ事務所に入所し、SMAPの一員として日本の音楽・テレビ業界を牽引してきました。
この記事では、中居さんの学歴を小学校から高校まで詳しく紐解きながら、学生時代にどのような経験を重ねてきたのかを解説します。
また、芸能界デビューのきっかけや現在の活動内容についても網羅的に紹介。
中居正広さんの軌跡を知りたい方にとって、必見の内容となっています!
目次
中居正広の学歴:まとめ
出身・家族
- 出身地:神奈川県藤沢市
- 家族構成:三人兄弟の末っ子
学歴(時系列)
- 小学校(前期):藤沢市立鵠沼小学校(1年生〜4年生)
- 小学校(後期):藤沢市立明治小学校(5年生〜6年生)
- 中学校:藤沢市立明治中学校
- 高校(1年生):神奈川県私立平塚学園高校
- 高校(2年生〜卒業):東京都立代々木高等学校定時制
小学校時代の学歴と経歴
中居正広さんの小学校時代は、家庭の経済的な事情から厳しい環境の中で育ちました。
しかし、明るい性格と野球への情熱が彼の原動力となっていました。
藤沢市立鵠沼小学校に1年生から4年生まで通学し、5年生で藤沢市立明治小学校に転校しました。
幼少期は経済的に厳しい環境で育ち、お風呂は週に2回程度という生活を送っていました。
学生時代のエピソード
中居さんが、野球を始めたきっかけは父親の影響でした。
父親が、よく野球観戦をしていたのが影響していると語っています。
当時は「絶対プロ野球選手になろう」と考えており、読売ジャイアンツの選手になることが夢でした。
少年野球チームに所属し、キャプテンを務めるなど野球に打ち込んでいましたが、野球肘により断念することになりました。
手術をすれば治る可能性もあったそうですが、手術費用が捻出できず、やむを得ず野球を諦めることになりました。
手術したら治るって言われたけど手術のお金がないからどうしよっかって。やれないんだなと」と、野球をあきらめた理由も明かした。
- 朝6時起床、朝のニュースを見ながら素振り
- 父親が出勤前に最後の1球を見て「今の球はいい」と声をかける
- ランドセルを背負って学校へランニング
- 放課後は野球の練習
- 夜6時から7時までラジオで野球中継
- 7時からテレビ中継、9時からラジオ
- その後も素振りを続ける
この時期はまだ芸能活動には関与していませんが、後に活躍するリーダーシップや人を楽しませる性格が芽生えた時期といえます。
小学校時代に培われた明るさや粘り強さは、その後の成功の礎となったように思います。
小学生の頃には、少年野球に打ち込んでいましたが、野球肘によって、野球からは遠ざかることになります。
引用元:https://audition-navi.net/nakaimasahiro-debut/
中学校時代の学歴と経歴
中居正広さんの中学校時代は、スポーツや友人との時間を大切にしながらも、芸能界への第一歩を踏み出した時期でした。
中居正広さんは、藤沢市立明治中学校に進学しています。
中学校時代の中居さんは、まずバスケットボール部に入部しましたが短期間で退部しています。
当時はやんちゃな時期で、学校をサボって海に行ったり、友達と喧嘩をしたり、剃り込みを入れて先生に見つかり黒いマジックで塗られるなどのエピソードもありました。
さらに中学2年生になると、地元の暴走族に所属していたそうです。
ところが、何気ない行動が中居さんの人生を大きく変えることになります。
同じ中学校にジャニーズJr.所属の生徒がいたことをきっかけに、友人数人と履歴書を送り、中居さんだけが合格しました。
オーディションを受けずに書類審査だけで合格したそうです。
中居正広さんも、友人らと遊び半分で自ら事務所に履歴書を送り、ジャニーさんから連絡を受けましたが、オーディション審査は受けずに、書類審査のみでレッスンに参加するようになります。
引用元:https://audition-navi.net/nakaimasahiro-debut/
こうして14歳でジャニーズ事務所に入所し、毎週日曜日にレッスンに通い始めます。
土曜日の夜は、暴走族活動をしていた・・・
経歴:スケートボーイズに加入
中居正広さんは、1987年後半に「スケートボーイズ」に加入します。
このグループは「Sports Music Assemble People」をキャッチコピーとし、光GENJIのバックダンサーとして活動していました。
スケートボーイズでの中居さんの初仕事は、1987年11月26日に発売された光GENJIの2ndシングル「ガラスの十代」のバックダンサーでした。
当時15歳だった中居さんは、スケートボードに乗りながらのパフォーマンスを披露し、トンボ学生服のCMにも出演しています。
グループには後のSMAPメンバーとなる木村拓哉さん(15歳)、稲垣吾郎さん(14歳)、森且行さん(14歳)、草彅剛さん(13歳)、香取慎吾さん(11歳)も所属していました。
この時期の経験は、中居さんのアイドルとしての基礎を形成する重要な時期となり、後のSMAPでの活動に大きな影響を与えることになります。
1988年4月、スケートボーイズの12名のメンバーから6人が選抜され、SMAPが結成されることになります。
最年長であった中居さんは、自然とSMAPのリーダーとしての役割を担うことになりました。
続けて、「トンボ学生服」のCMにも12名で出演した。
引用元:https://jjpedia.web.fc2.com/skate.html
中学校時代のエピソードからは、中居さんの決断力と行動力の高さが感じられます。
高校時代の学歴と経歴
中居正広さんは、神奈川県の私立平塚学園高校(偏差値40前後)に入学しました。
高校時代は、SMAPのメンバーとして芸能活動を本格的に始めた重要な時期でした。
同時に学業との両立という課題にも直面しました。
高校にまつわるエピソード
私立平塚学園高校について、中居さんが番組内で「パー学」と発言したところ、
現在は進学校となった母校の校長先生から「いまの平塚学園とは違うので、その呼び方はやめてほしい」という
手紙が届いたというエピソードがあります。
10年前くらいから進学校になったのよ』『俺がパー学って言っていたら、パー学から手紙が来て、“あなたがいたときのパー学とは違うので、パー学って言うのはやめてください”。
引用元:https://news.livedoor.com/article/detail/26487001/
芸能活動の多忙により、高校2年生の時に東京都立代々木高校定時制に転校。
同じSMAPメンバーの木村拓哉さんと同級生となります。
転入試験では木村さんの答案をカンニングして合格したというエピソードも残っています。
「SMAP×SMAP」で語られた、高校時代のエピソードがあります。
中居さんの彼女の友達が木村拓哉さんのことを好きで、その友達の希望で4人でのディズニーランドデートが実現したそうです。
印象的なのは、ビッグサンダーマウンテンでの出来事です。
4人で乗った際に席が入れ替わってしまい、中居さんの彼女と木村さんが隣同士になる場面がありました。
この時、中居さんは「木村に彼女を取られるーーっ!!」と焦ったと語っています。
中居はさらに「ビッグサンダーマウンテンに乗ると(自分の彼女と、木村を好きな女の子の位置が)入れ替わってる時があるんです。木村と僕の彼女が2人で、わーってなって」と面白そうに話を続けた。
引用元:https://www.daily.co.jp/gossip/2016/12/26/0009784014.shtml
当時、木村さんとは非常に仲が良かったとされています。
高校時代にSMAPのメンバーに選ばれ、歌やダンスの練習と並行して学業にも励みました。
高校時代の経歴
中居正広さんの芸能界での活動を時系列で以下にまとめました。
1988年(高校1年生)
- SMAPが結成(6人体制)
- ドラマ「あぶない少年Ⅲ」で俳優デビュー
- 「アイドル共和国」レギュラー出演開始
1989年(高校2年生)
- ドラマ「時間ですよ 平成元年」出演
- 「ヤンヤンもぎたて族」レギュラー出演
- 「SMAPの学園キッズ」出演開始
- バラエティ番組「夢がMORI MORI」出演開始
1990年(高校3年生)
- ドラマ「若さま侍捕物帳」出演
- 「夢がMORI MORI」でコント力を磨く
- 様々な音楽番組にSMAPのメンバーとして出演
高校時代は忙しい中でも環境の変化に柔軟に適応し、自分の目標に向けてひたむきに努力し続ける姿勢が本当に素晴らしいですね。
経歴:芸能活動の軌跡
中居正広さんの芸能活動は、14歳でジャニーズ事務所に入所してからスタートしました。
ここでは、学生時代から現在に至るまでの軌跡を振り返ります。
中居正広の芸能活動の軌跡(時系列)
ジャニーズ入所からSMAP結成まで
- 1986年:14歳でジャニーズ事務所入所
- 1988年:SMAPが6人組グループとして結成
- 1989年:ドラマ「時間ですよ 平成元年」で俳優デビュー
デビュー期
- 1991年9月9日:「Can’t Stop!! -LOVING-」でCDデビュー
- 1991年:バラエティ番組「夢がMORI MORI」に出演開始
- 1996年4月:「SMAP×SMAP」放送開始
- 1997年:25歳でNHK紅白歌合戦の司会(史上最年少記録)
SMAP×SMAPでの活躍
- BISTRO SMAPのオーナー役として番組進行
- 後輩アイドルの育成に貢献
- 2013年4月:「SMAPはじめての5人旅スペシャル」で話題に
- 2016年12月:「SMAP×SMAP」最終回放送
レギュラー番組(MC)
- 2001年:「ザ!世界仰天ニュース」
- 2009年:「中居正広の金曜日のスマたちへ」
- その他多数のバラエティ番組
独立後
- 2020年4月:個人事務所「のんびりなかい」設立
- 現在:「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」
- 2024年12月:「ナカイの窓」復活SP予定
- 2024年1月13日:「中居正広の土曜日な会」
受賞歴・記録
- 1997年:紅白歌合戦の最年少司会記録
- 数々のMC賞を受賞
- バラエティ番組での功績が高く評価
学生時代から多くの壁を乗り越え、国民的スターとなった背景には努力と才能の両方があったと感じます。
現在の状況と活動内容
現在の中居正広さんは、個人事務所「のんびりなかい」を設立し、独立した形で活動を続けています。
現在の状況
2020年4月から個人事務所「のんびりなかい」を設立し、独立して活動を継続。
「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」や「だれかtoなかい」などの人気バラエティ番組でMCを務めています。
2024年12月には「ナカイの窓」の復活SPも予定されており、精力的に活動を続けています。
12月27日よる10時~11時24分、日本テレビ系にて「ナカイの窓 復活スペシャル」の放送が決定。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/185f39c4ef813c837f2601959cf8b9e3b53c2e1b
現在も第一線で活躍を続ける中居さん。
その存在感と多彩な才能は、これからも多くのファンを魅了し、新たな感動を届けてくれることでしょう。
よくある質問(FAQ)
- Q1: 中居正広さんの出身高校は?
A1: 平塚学園高校から東京都立代々木高校定時制に転校し卒業しました。 - Q2: 中居正広さんが芸能活動を始めたのはいつ?
A2: 14歳の中学2年生の時にジャニーズ事務所に入所しました。 - Q3: 学業と芸能活動をどう両立した?
A3: 多忙な芸能活動に対応するため、定時制高校に転校して両立を図りました。
まとめ
中居正広さんは14歳でジャニーズ事務所に入所して以来、伝説的アイドルグループ・SMAPのメンバーとして、その人気を支えてきました。
グループ活動だけにとどまらず、バラエティ番組やスポーツ番組など、幅広い分野で活躍しており、特にMCとしての巧みなトーク力は日本を代表するレベルといえるでしょう。
グループ解散後も数々の番組で司会を担当し、時に鋭く、時に柔らかくゲストを引き立てるセンスは、芸能界で唯一無二の存在感を放っています。
デビュー当時から培ってきたエンターテインメント性と独自の視点で、これからも多くのファンを魅了し続けることでしょう。